EURO2008のスペイン優勝に浮かれポンチになってるのか、腐ってることに気付かず“まずっ”って思いながらカレーを食べてしまったり、豪快に転んで足を負傷したりなど、どうも最近ツイてません。ちょっと気合いをいれないと![]() EUROも終わって雑誌がいくつか発売されてますね。記念に1冊買おうと一通り目を通した私は『週刊サッカーマガジン EURO決算号』を購入しました。 というのも、ポルトガルに関する記事が一番私の気持ちに一致していたからです。フェリポンのチェルシー就任発表やドイツ戦での采配、あまりにお粗末だったセットプレーの際の守備陣、そして移籍問題で気持ちが入ってなかったように見えたロナウドなど、私がまさにポルトガル代表に苛立っていた点を簡潔にまとめてくれていました。 私の意見は常にヌーノ・ゴメスファンとしてのフィルターが掛かっているので、とうてい客観的とは言えませんが、ドイツ戦でのヌーノの交代に納得できないこのモヤモヤ感は間違ってないと思ってます。何が何でも点が欲しいという追う立場でゴールした事も評価に値するし、ポストプレーなど他のところでも有用な動きを見せていたはずです。なのにいつも通り途中交代させられて、キャプテンマークをロナウドに渡しました。結局、その時の動きの良し悪しなんて関係なしに、フェリポンはロナウドにキャプテンマーク巻かせたかった、つまりロナウド贔屓だったわけです。一時でも0トップにするというロナウドと心中覚悟な采配を見せられたからには、そのロナウドにチームを救うような活躍してもらわなければ納得できるわけがないのは当然のことです。 この大会での期待値がダントツで大きかったぶん、私はロナウドにはとてもガッカリしています。彼に対しては他の選手に比べると、かなり厳しい見方をしている自覚はあります。でもそれは、チームの中心となる選手として監督に重用されている限り当然のことだと思うのです。他国だと、ノーゴールに終わったトニはシュート以外でいい動きをしていても評価を下げました。フェルナンド・トーレスはパッとしないなと思われていたのに、決勝という大舞台でゴールをしたことで評価を上げました。モドリッチはどの試合でも多くの決定機を作り、結果的に負けてしまったトルコ戦でさえ誰よりも素晴らしい印象を残しました。ここぞという大一番で勝利に導く仕事ができる選手、チームの為に献身的に働くことができる選手こそ一流の選手です。が、代表でのロナウドはまだそこまでの働きができているとは言い難く、見ていて物足りなさを感じるのです。 ドイツ戦はポルトガルの守備が酷かったのがいちばんの敗因ですが、ドイツの守備も決して良くはありませんでした。だから、最後まで諦めずに攻撃し続けてたら逆転の可能性だってじゅうぶんあったと思いました。でも、チームメイトを鼓舞して己のプレーで牽引しなければいけなかったロナウドは、諦めモードあるいはヤケになってるようにしか見えず、「それでもキャプテンか?!」と言いたくて仕方がありませんでした。私の好きなヌーノ(それも好調だった)を下げてまでキャプテンを引き継いでいたからなおのことです。 ロナウドのインタビューを読んでいると、彼自身キャプテンマークを巻くことに喜びを感じているみたいですが、彼はチーム内でキャプテンとしていったいどんな役割を果たしてるのかと疑問に思います。「キャプテンマークを付けることで自制心が働き、自分勝手なプレーをしなくなるので彼がキャプテンをするのは良いことだ」という意見もありますが、私はポルトガル代表のキャプテンという大切な役割を、ロナウド個人の為だけに使われているようではっきり言って気に入りません。キャプテンマークをつける前とつけた後で、果たしてそこまで劇的にプレーが変化しているか疑問ですし、自分勝手なプレーをしないなんて事はロナウドが最初から心がけておけばいいだけの話じゃないのでしょうか。ロナウドは、いずれはキャプテンとしてチームを引っ張るべき人間だけれど、今の時点でキャプテンマークに拘る必要はなかったと思います。特に今回は移籍問題のことでチームメイトと距離を置いていたという話ですし、そんな状態でチームをまとめるなんてことは難しかったのではないでしょうか?? 以上、私がEURO2008でロナウドへ感じたことです。 なのに、“ロナウドは凄かったが彼に見合うFWがいなかったのが敗因”と書かれていた雑誌があったので、「何言ってんだコノヤロー書いたの誰だ?!」と思ったら何とヴィトール・バイアによる記事だったので、黄金世代ファン兼ヌーノファンな私はかなりションボリしました。一方、他の雑誌では、ルイ・コスタが“ドイツ戦でゴールしたヌーノとポスティガの勝負強さを軽視してはいけない”と書いていたのでかなり安心しました。ルイ・コスタは基本的に批判をしない人とはいえ、こう書いてくれてるとやっぱり嬉しいものです。 こんな風に雑誌をそれぞれ比較してみても、同じ対象に対して書き手の見方によってその内容は大きく違ってくるものです。バイアの記事だと「ヌーノ・ゴメスはしょぼい」となり、ルイ・コスタの記事だと「ヌーノ・ゴメスは大一番に強い」となります。要は雑誌やネットに書かれている記事なんて1つの参考意見でしかないわけで、大事なのは自分の目で見てどう思ったかなんですよね。私はバイアの意見にも、各サッカー雑誌が選んだ大会ベストイレブンにも、UEFAが選ぶ最優秀選手23人にも納得してません。でも万人が自分と同じ物の見方をするわけないということは理解しているので、仕方のないことだと思っています。 ということで、私は『鰐部氏のブログ&スポナビの記事を批判している人たちはおかしいと思う』という結論に持っていきたいわけです。 彼を批判している人は主に ・ブログでのヌーノミーハーなノリが気持ち悪い ・スポナビでのチェコ戦ロナウド批判は変、主観を入れた記事を書くなんて記者失格 って言ってるんですよね。 まず上に関しては個人のブログなんだから全然問題なしでしょう。「ヌーノがウィンクしてくれた、嬉しい」って自分のブログに書いたことに何の文句がありますか??彼がベンフィキスタなのは最初からわかっていることです。私のように、ベンフィカを応援してるのに試合放送がなくなって辛い、ポルトガル語がさっぱりわからない、現地まで行く時間もお金もないという人間にとって、彼のブログは需要と供給が一致した最高にありがたい場所なのです。ベンフィカだけじゃなく、スポルティングやFCポルトの動向だって追っているし、代表の練習や記者会見の様子など、その場にいなければわからないような情報を提供してくれています。「何でこんな人がポルトガルサッカーの第一人者って顔してライターやってんの?」なんて文句を垂れ流すことしかできない人より、よっぽどサッカーファンにとって有益な人だと思います。嫌ならブログを見なきゃいいんです。 主観で記事を書くことに関して文句を言ってる人は、サッカー雑誌とか読まないんでしょうか?サッカーのライターなんて、主観に満ちあふれた人ばかりだと思いませんか?(ヘスス・スアレスなんかどうなります?)誰だってチーム、選手、監督、戦術など、それぞれの好き嫌いやこだわりがあるものです。そんなサッカーへの愛情・こだわりを持ちすぎた人がいわゆるサッカー記者になっているのではないでしょうか。私にとってはそういう書き手の主観による好き嫌いを垣間見るのも、1つの醍醐味だったりします。自分と異なる意見に不愉快さを感じる反面、万人同じ意見なわけがないし、いろんな見方があるからサッカーって面白いよね、とも思うのです。サッカー中継における解説者も同様です。いろんな記事を読み、またいろんな解説を聞きながら、自分に合う人合わない人がわかってきます。そこから、「今日の試合○○さんが解説だラッキー」とか「また△△が馬鹿なこと書いてるよ」とか「××さんは本当にあの選手のこと嫌いなんだなぁ」など、また別の楽しみが広がっていくわけです。 上でバイアとルイ・コスタの事を書いたように、記者の数だけ意見があって当然なのです。100%誰もが納得できる意見なんてないのが普通なのだから、自分にとって腹の立つ記事があっても「ここではこう書かれてるけど、私はそうは思わない」って思ってたらいいだけのことじゃないですか?万人が納得いく記事を書こうと思ったら、単なる事実の羅列しか書けない、それはもう「34分、デコシュートを打つも枠を外れる」みたいなデータでしかないわけです。そんなのは鰐部氏ら記者が書くことじゃないですよね。 チェコ戦のロナウドは、ゴールシーンすべてに絡む大活躍でしたが、それ以外のところではデコの素晴らしさが際立ったなと私は感じました。私がもし採点をするならロナウドにもデコにもチーム1の高得点をつけるでしょう。ただ、ロナウドのプレーに所々苛立ちを感じたのも確かです。鰐部氏の記事のロナウドに関する記述は、得点シーンよりも私が苛立ちを感じた部分に重点を置いて書いたような印象です。ちょっと厳しく書き過ぎだし、鰐部氏はロナウドあんまり好きじゃないんだろうな、と感じられるような記事でしたが、こうしてロナウドの悪い所を取り上げて批判する人がいたって別にいいじゃないかと私は思います。他所ではチェコ戦のロナウドを褒めた記事を書いてる人だっています。記者全員が同じ視点でサッカーを見ているわけがないのです。 ネット上の記事でも雑誌でも、供給されたものを取捨選択する権利はこちらにあるのだから、どうしても気に入らなければ「もうこの人の記事は読まない」で終わらせられる話でしょう。どんな記事でもライター名は記載されているのだし。自分の気に入らない事を書かれたからといって、一々「ライターやめろ」なんて本人にメールまでするような人は、何でも自分の思い通りにいかないと気がすまない子供のように私は感じます。 これまで私だって何度も腹の立つ記事を読んだり、特定の選手に対して悪意のあるとしか思えないようなコメントを聞いたりしてきました。でもこっちがそうやって怒りを感じる一方で、どこかにその記者と同意見な人だって存在するわけです。「頼むからサッカーについて語るのやめてくれ」とまで私が個人的に思ってるライターもいますが、そんな人でも実際に現地に行って取材をしているんです。現地の空気を伝えたり、選手や各国のファンと交流したり、日本にいるだけではわからない事を彼らは発信しています。ただ日本でネットしたりTV観戦してるだけで、誰に何の情報も与えていない私なんかがそんな人に「記者やめろ」だなんて言う筋合いはないと思ってます。 鰐部氏の書く内容に不満を感じる人はいて当然です。どう思うのも本人の自由です。でも「記者をやめろ」とわざわざ本人にメールを送ったり、匿名の掲示板で罵詈雑言を書いてるような人には、じゃ自分がポルトガルに行って実際に取材して好きなように記事書けば?と言いたいです。特に一部のロナウドファンのマナーはどうかしてると思います。要は大好きなロナウドが褒められなかったことに腹が立ったから、あれこれいちゃもんつけてるんじゃないですか?ロナウドはいつ何時でも全ての人に褒められてないと気が済まないんですか? ただ当の鰐部氏にも残念な点があります。 ブログへの批判的なコメントを削除している事です。これは「批判を書き込んだけど削除される」という2ちゃんの書き込みで知ったことなので、事実かどうかわかりかねる事ですが、今現在彼のブログのコメントは見事なまでに批判的内容がないので、本当の事だと私は思ってます。これは本当にして欲しくなかった行為です。ブログを荒れさせたくなかったのでしょうが、「自分への批判コメントは一切受け付けません」という姿勢を見せてしまった以上、今後何を書いても批判され続けることになると思います。大袈裟に言うと“情報操作”をしてブログの継続を望む声だけを載せているのですから、卑怯者と言われても致し方ない部分があるんではないでしょうか。私は完全に鰐部氏を応援している立場ですが、コメントを削除していることは擁護できないなぁというのが正直なところです。 ブログを休止宣言されましたが、あくまで“休止”ですから、シーズンが始まったらまた記事を発信してくれるものと期待しています。本当は自分の意思を貫いて、普通にブログを続けてほしかったなと思いましたが、謙虚な姿勢で自分の至らないところを見つめ直すということは良いことなので、これもより良いサッカーライターへと成長するステップだと思って今後も頑張って頂きたいです。 ちなみに、けっこうなロナウド批判をしたので信じてもらえないのは覚悟の上ですが、私はロナウドのこと好きです。単に私の中で、黄金世代=ヌーノ・ゴメス>>ロナウドたち、という序列があるだけで、ロナウドを好きか嫌いかと言われたら断然好きです。過去にはマンUの日本ツアーだって見に行きましたし、バロンドールはロナウドだろうと心底思ってます。つまりロナウドは好き、でも一部のロナウドファンは嫌い、ということです。 ロナウドが好きでも、上で書いたロナウド批判は今思ってる正直な気持ちです。ロナウドにだって良かった所は当然ありましたが、敢えて不満に思っていることだけを書き連ねました。アンチによる罵詈雑言ではなく、こんな風にロナウドを批判する意見も世の中にはあるんだ、ということをわかってほしかったからです。ダラダラと長くなってしまって、自分の文章力のなさが恨めしいところですが、自分の気に入らない意見をやみくもに批判する人は、サッカーにはいろんな見方があることを理解して、もっと大きな気持ちでサッカーを楽しんでくれたらいいのになあ、と思った次第であります。 |
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